2025年 春 ①

はじめに

5:50の電車に向けて家を出た。

まだ外は暗い。

刈谷駅に人はいない。

路線図が最新になっていた。

2025年春の青春18きっぷの広告

5:50〜

必ず風邪をひいている人が何人かいる。

静かだから読書をした方がいいかと思った。しかし、スーツケースの中にそれがあった。手持ちのバックとスーツケース。両者の棲み分けが重要になってくる。用途の使い分けとでも言うのか。

プレイリストを作成した。これで、今日①日のリズムを作っていく。体の一部を動かしながら聴いていこう。

時間の経過に合わせて、色が変わっていく。

外と同じように。

6:20〜

電光掲示板が少し前から変わっている。以前のように写真を撮ったら、点滅するというふうではなくなった。

清洲で桜が咲いていた。電車のスピードが早すぎて、シャッターは切れなかった。

尾張一宮に向かう途中でも桜はあった。桜の季節ということだろう。

壁紙の色が変わった。

うねりとビートを意識すると音楽の楽しみ方が変わる。これは、センスの哲学に書いてあった概念。0→1→0…というのがビート。あるかないか。うねりは、音が波であることを意識していただくと理解しやすいだろう。

うねりとビートに意識を向けることで、感覚ピエロとガストバーナーのライブを自分なりに楽しめた。あまり聴いたことのない曲ばかりだったが。

ライブを楽しめた理由

旅をしながらだと、腰を据えてテーマを決めてブログを書く必要がない。思いついたことを書いていけばいい。前からなんとなく思ってたことも、旅をしながら自分の思考に意識を向けると出てくる瞬間がある。

6:50〜

岐阜駅で桜を撮影。

うぐいすがいた。

インターバルが3分しかなかったため、大半の人がしているようにダッシュで間に合わせるということはせず、トイレとスタバの時間を確保した。

そして、9:07に岐阜駅を出発するスケジュール。

9:08〜

岐阜駅を出発した。

9:48〜

今年の4月から大阪の夢洲(ゆめしま)で万博が開かれる。ここは、去年の夏にジャイガフェスが開かれた場所に近い。

来週行く夏フェスの予習

美濃太田で乗り換えを行った。

飛騨川と思しき風景の撮影に成功した。

写真も映像もスマホで記録するには限界があるのではないか。YouTubeでC.U.R.I.O.S.I.T.Yのライブ映像を見た時や、竹林の様子を撮影しようとした時にそう感じた。

C(See) everything that U(You)realy fucking R(Are)I.O.S and I hate realiTy sometimes I don’t know Y(Why)

11:21〜

下呂で賑やかな人たちが降りて行った。なぜあそこまでずっと話していられるのか理解できない。でも、敵を作ってしまったら自分の人生が生きづらくなる。すべて「まる」、すべて「宇宙」。もともと、この世界に存在しなかった。そして、いつか必ず消えてなくなる。そんな中で巡り会えた一瞬の奇跡に感謝しよう。

大文字の他者の承認を求めて行動しよう。人間は小文字の他者ではなく、大文字の他者の承認欲求が満たされることで、初めて満足する。大文字の他者とは、哲学者のジャック・ラカンが提唱した概念で、目の前の他者ではなく、もっと目に見えない大きな存在や使命感のようなものを指す。

その悩み哲学者がすでに答えを出していますに書いてあることは、人間社会に身を乗り出すと(青春18きっぷ旅をしてみたりすると)、かなり当てはまる部分が多い。

ミシェル・フーコーの見られているかもしれないという意識は、楽しそうにしている人たちで溢れている電車内で、ブログを書く時に当てはまると思った。

先ほどの大文字の他者の概念も楽しそうに仲間や家族と大きな声で騒いでいる人と自分を比べた時に当てはまると感じた。承認欲求というワードがまず頭に浮かび、何に承認されると人は満足するのかという思考になった。

1人で電車内にいる自分が楽しそうにしている人たちのように小文字の他者の承認を得ることはできない。それなら、大文字の他者の承認を求めて行動、思考していこう。

ヘーゲルの弁証法も今回の旅の場面に大いに当てはまる。自分の立場からしか考えられない段階があり、他の人との関わりを経て、自分とは違う言動があることを知る。それを否定することもあるだろう。最後に、自分の立場を疑うという少し苦しい期間を経て、新しい自分になっていく。

旅をする前と後で、同じものを見聞きしていても感じ方が違ってくるのは、弁証法的に自分が成長したからだろう。刺激を受けることで、自分が成長したということだ。

気心の知れた仲間と笑い合うことだけがコミュニケーションではない。自分は苦手なコミュニケーションスタイルだが、外に出るとそういった人たちしかいないのではないかと思うほど、自分の心の中に入ってくる。

観光地に近いとその傾向がある。仲間と一緒に来ているから当たり前と言えば当たり前だ。弁証法的に考えると、自分とは違うから否定してしまう過程を経て、それを自分に取り入れる形で、自分の言動が変化していく。

12:40〜

高山駅に到着。

高山駅で親と落ち合い、焼肉屋に行った。

雲の隙間から太陽が一瞬だけ顔を出していた。

18:06〜

親の別荘を後にした。

家の中と車の中では好きな音楽をかけさせてもらった。

ありがたい。

魚鮮で回転寿司などをいただいた。

ありがたや。

チサン グランド 高山のWi-Fiを利用して、この記事をまとめている。

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