相対的剥奪感

はじめに

これがある。

社会で生きていると。

Aさんにあって自分にないもの。

それを見せられていると、嫉妬してしまう。

比べないのが理想。

でも比べてしまう。

私たちには、社会比較欲求というものがプログラミングされている。

それを防ぐには

自分の仕事に没頭しよう。

それが組織において最下層の仕事に思えたとしても。

それを与えられているのは自分自身だ。

そして、もう二度と来ない今日という時間に命を使っているということなので、全集中以外あり得ない。

time is life

アパホテルに久しぶりに泊まったが、専務の本谷さんが黄色い本を出していた。

時は金なりという諺があるが、彼は、時間は命という言葉を言っていた。

自分の命の時間を何に使うか?

それについて考えすぎることはない。

でも一度行った意思決定の結果、一つの会社の一つの役割に固定されてしまった私たちは、どうしようもない。

なにかいい方法はないものか?

他の無数の選択肢を見据えつつ、目の前の一歩を進めばいい

人混みを歩くかのように自分の思考と行動に集中しよう。

パノラマビューと呼ばれる手法。

いろんなものが目に入る中(実際に目の前にある景色のほか、自分の心に浮かんだ景色も含む)、自分の思考と行動に集中する。

自分の思考行動の結果の責任は全て自分が引き受ける覚悟を持つ。

その覚悟がないものに、もう二度と来ない今この瞬間を生き抜く資格はない。

正解のない活動に没頭する

与えられた仕事という制約条件の中でも、正解のない活動に没頭していこう。

それが自由に自分の人生を使い切るということ。

昨日は、代々木公園で、太陽の光を浴びながら、体を動かしていた。

これは素晴らしい経験。

こんな経験を増やしていこう。

サウナも行った。

全力で休むことができた。

この状態の自分で、資本主義社会に価値を還元する。

大それたことをする必要はない。

ただ、与えられた仕事をこなせばいいだけ。

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