やはりフェスは苦手だった

はじめに

みんなと同じように手をあげることができない。

人の目を気にしてしまう。

なぜみんな手を上げるのか?

そういう慣習になっているからだろう。

ジャンプもできなかった。

他の人と同じことを、理解していない状態で何の疑いもなく行うことに抵抗がある。

ということは、歴史や背景を理解すれば、意義を持って皆と同じ手を挙げるという行動を行うことができるのでは?

そういったテーマでこの記事を書いていこう。

自分と似た考えの人がいた

この記事は救いになる。

https://note.com/oymibu/n/n09f51eaf9904

手を挙げる人は本当に手を挙げたくて挙げているのか懐疑的に思ってしまう。

本当に感動した時は、頭を音に合わせて揺らしてしまったりするものなのではないか?

以上のような記述にとても共感した。

自分も手を挙げない派。

ただ、アーティストに私たちは盛り上がってますというのをアピールするのに、手を挙げるという行為は効果的だろう。

外から見た時に、そういった人たちがいてくれるおかげで、ライブが盛り上がっている感じになる。

今日感じた葛藤は、手を挙げるのに抵抗がある一方、手を挙げないとアーティストや周りの人に失礼なのではといったことだ。

同調圧力との戦いもあった。

共感してくれる人がいるとありがたい。

星野源も自分の味方?

こんな記事もあった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/54155833368689241e7092a50e0b6fe85d3bd1c1?page=1

星野源が、「みんなで手を上下に動かすやつ、今日はやめましょうか?」と提言したらしい。

挙げたくないのに、みんなに合わせないといけない気がして葛藤している自分のような人にとって、非常にありがたいお言葉。

日本人の国民性が、手を挙げて上下に動かすという無意味な行為を常識にさせたのかもしれない。

アーティストに盛り上がってると示すことができる方法ではあるが、自分は手を挙げることに抵抗があるので、中途半端になってしまうし、挙げたとしても歌に集中できなくて嫌だ。

かと言って、まったく挙げないと、周りの目が気になってしまう。

アーティストの人に対して申し訳なく思ってしまう。

音楽は静かに時間をかけて理解したい

自分のような人間は日本のライブに行かない方がいいのかもしれない。

音楽はApple Musicで楽しみたい。

音楽を楽しみたいというよりも、歌詞の意味を理解して自分の人生に生かしていきたい。

フェスで一回聴いただけでは、何言ってるかわからない。

何もメッセージが伝わらなかった。

ただただ、周りの目ばかりが気になった。

やはり、音楽は何回も1人で聴いて、歌詞を徐々に理解していくのがいいと思う。

フェスを楽しめる人は存分に楽しんでくれればいい。

自分は別のベクトルで音楽と向き合いたい。

ライブで手を挙げることになった歴史的な背景

歴史的な記事を探したところ、以下に辿り着いた。

https://togetter.com/li/2362723

GRAYや90年代V系バンドから始まったという説があるらしい。

盆踊り的な集団鼓舞DNAが刷り込まれているのではないかということだった。

海外では一度も見たことのないノリらしい。

こちらの海外のワンオクのライブでは、日本ほど手を挙げている人はいないという印象だ。

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