INFJについて深掘り
はじめに
私は、INFJ。
INFJとは
MBTIの16タイプのうち、以下の特徴を持つ人のことを言う。
| I(Introversion:内向) | 外よりも内側の世界にエネルギー源があり、思考や感覚を一人で熟成させる傾向がある。 |
| N(iNtuition:直観) | 目に見える事実そのものよりも、「意味」「流れ」「背後にある構造」を読み取ろうとする。 |
| F(Feeling:感情) | 論理よりも、人や社会との調和、価値観、感情の動きを基準に判断する。 |
| J(Judging:判断) | 行き当たりばったりよりも、ある程度の見通しや秩序を持って物事を進めたい。 |
全世界人口の1%しかいないと言われている。
本当かどうかはさておき。
人の感情や空気を敏感に察知する一方で、
その背景にある意味や物語を無意識に組み立てているため、
自分でも説明しきれない“確信”を抱くことがある。
また、
・言葉になる前の違和感を察知する
・社会や組織の歪みに気づきやすい
・「こうあるべき」という内的な軸を強く持つ
といった特性から、
周囲に合わせすぎて消耗したり、
理解されない孤独を感じやすい側面もある。
MBTIはあくまで「傾向」を示す指標にすぎないが、
INFJという枠組みは、
自分の感覚を否定せずに言語化するための地図
としては、十分に役に立つ。
MBTIについて
MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)は、
人の性格を4つの指標の組み合わせによって捉え、
16タイプに分類する性格理論である。
元になっているのは、心理学者カール・ユングの
「人は世界をどのように知覚し、どのように判断するか」という考え方であり、
MBTIは能力の優劣や正しさを測るものではない。
あくまで、
- どこに注意が向きやすいか
- 情報をどう処理しやすいか
- 判断の基準をどこに置きやすいか
といった**思考と認知の“癖”**を言語化するための枠組みである。
また、MBTIは
「人を16種類に固定する診断」ではなく、
状況や成長によって揺れ動く傾向を示すものに過ぎない。
そのため、
・同じINFJでも表れ方は人によって異なる
・人生のフェーズや環境で結果が変わることもある
・一部の特性だけが強く出ることもある
といった前提を忘れると、
かえって自分を縛る道具になってしまう。
一方で、
MBTIは「自分はなぜこう感じるのか」「なぜ他人と噛み合わないのか」を
責めずに理解するための言語としては、非常に有効である。
特に、
社会の多数派的な価値観に違和感を抱きやすい人にとっては、
MBTIは
“自分がおかしいのではなく、違う視点を持っているだけだ”
と確認するための足場になりうる。
NiとかFeって?
主機能とか補助機能とか言われているのがいまいちよくわからない。







なぜ自分がINFJだと思うのか
内側の世界に入っていくことで、精神が回復するから。
F : 判断の基準が「価値・人・意味・感情」に寄りやすい
職場で、他の人がため息をついていたり、不安の感情を抱いていたりすると、それを敏感に察知してしまう。
それに意識がとらわれてしまう。
他の人の感情が手に取るようにわかる。
だから、他の人が多い空間では、すぐに疲れてしまう。
一方、楽しそうにしている人の感情も受け取って、自分も楽しくなってしまう。
それは、みんなそうなのかもしれない。
他の人の影響は、みんな少なからず受けている。
分類はあくまでも分類に過ぎない
絶対的に自分がそうというわけではない。
でも、自分の傾向を掴むことで、対策することができる。
I(内向)、N(直感)だからこそ、外側に意識を向ける時間を減らして、内面に深く潜り込んでいこうといった具合に自己調整することができる。
その結果、自分に最適な行動を取ることができて、整った状態の自分自身で社会生活を送ることができる。
自分にとって不利な状況というのも見えてきて、無駄に戦って消耗することを減らせる。
そもそもの脳の作りの違いだと認識することで、自分とは作りが違う人と比べて、自分が不利な状況で自己肯定感を下げるということを減らせる。
とりあえず、分類に当てはめて信じてみることで見える景色というのはある。
一方
一方で、内向型の覚醒論の方がテキストで語っていたよう に、

分類に自分を当てはめて、絶対的なものとして、自分の可能性を閉ざしてしまうのはもったいないという意見もある。
これは、自分の気力に余裕がある時だけにしよう。
社会人生活では、INFJの自分は確実に静かに消耗してしまう。
回復するのは、金曜日の夜に2時間ジャンカラで一人カラオケをして、Mr現代Speakerや皆無などの一見するとネガティブで暗い曲によって、自分自身の負の感情がデトックスされて、家に帰って、散らかった部屋をそのままにして、まるに感謝(自分が今生きているということにも)して、ぐっすりと眠りについた後に、部屋を片付けて、静かな空間(誰の気配も感じられない)で、一人、頭に浮かんだ言葉をブログに思いつくままに書き連ねていっている瞬間などだ。
つまり、内向的直感という自分の主機能をフルに発揮している時。
この時に、生きがいを感じる。
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