久しぶりの高山旅行で感じたこと ー内向的な直感を持つ自分自身が高山の人に対して抱いた印象などー

はじめに
気温が低かった。
街の温度計を見てみると、18度だった。
京都と同じように外国人観光客が多かった。
コミュニケーションの苦手意識
まずは、特急電車の中で右側から日差しがあって、自分の席でカーテンを閉めた後に後ろの人に「こちらまで引き伸ばしても大丈夫ですか?」と聞かれたとき、「はい、大丈夫です」と愛想よく答えた。
しかし、心の中はざわついた。
その人は女性で自分に対するその聞き方が何か自分に対して恐れを感じているように思えた。
またその人のこれまでの周りからあまり受け入れられなかった経験、そしてその恐れを克服してきたという自負。そして、今恋人を作っているという驕りみたいなものが見えてしまったような気がする。そういういろんな仮説が自分でも認識できないほど思い浮かんだ気がする。
内向的な直感が悪さをする
いわゆる内向的な直感。最近よくYouTubeを見て出てくるINFJの特質と言われるものそれが強く認識された。INFJは共感力が高い。ミラーニューロンが強いと聞いたこともある。その結果、相手が内側で持っていることを強く感じ取ってしまう。
だから、音楽を聴いたときとかに深くその曲が持つメッセージ性とかエネルギーを感じ取ることができたり、いろんな仮説を持っていろんな感情を楽しみながら芸術に浸れるという一方で、会話においてもその力が出てしまう。
その結果、その人の心の中の状態が見えるような気がしてしまう。特に気になるのか自分に対する印象。その人の声のトーンや表情からその人が自分に対してどんな印象を抱いているのかということがわかったような気になってしまう。
カーテンを閉めていいですか?という問いについて
「カーテンを閉めていいですか?」という問いは、日差しが強いからカーテンを閉める方がいいよねという話だけど、「質問する必要ある?」と思ってしまった。なぜならカーテンはその人の席の領域に入ってるはずだから。
いや、「次、カーテンを開けるときに自分に了承を取らないといけないと思われるかもしれない。だからこの時点でコミニケーションをとっておいた方がその後のカーテン開け閉めのやりとりがスムーズに進むのではないだろうか?」と思われたのかもしれない。
目的に合わせたコミュニケーションを取っていく
その後、その人とやり取りが続く事はなかった。やり取りをしたほうがいいなと思う場面はあった。日差しがなくなって飛騨川の景観が現れてきたあたり。そこで後ろにいる人に「カーテン開けてもいいですか?」と聞くことができれば外の景色を楽しむことができた。
仕事においても仕事を取っている人から情報を聞き出すことができれば、その人と信頼関係を築くことができて、いろんな仕事を経験することができるだろう。しかし、この自分から話しかけるということの障壁がかなり大きい。
話しかけること自体に慣れていないというのはある。いろんな人とのやり取りを通して慣れた状態になったとしても、すぐに元の状態に戻ってしまう。元のソーシャルスタイルである「アナリティカルタイプかつINFJ」が影響している。
自分とは違うものに対する拒否反応
あとゆっくりとした甘えるような会話を聞くのが苦手だなと感じた。それ自体は人同士のコミュニケーションで必要なことだから責めるべきことではないと思う。でもそれを聞いたときの自分の中に巻き起こる感情の正体は何なんだろうか?
自分とは違うものを受け入れられないという拒否反応なのかもしれない。
事実に対して複数の解釈の仮説を立てる
社会はあなたを静かに呪うに書いてあった通り仮説は複数持っておいたほうがいい。現実は答えが1つというわけではなくて、複雑になっていることが多い。
だから、1つの事実に対して、複数の仮説を立てることができれば、1つの思い込みにとらわれることがなくなる。相手の言動の解釈を決めるのは、自分の自由ということを理解することができる。だから事実に対しては複数の解釈を考えるようにしていきたいと思う。
いろんな角度から物事を見るということ。そのためにいろんな景色を見たり、プログラミングの学習であればいろんな本を読んだり、いろんな記事を見てみたりするのがいいだろう。観察しまくって、自分の中にビックデータを蓄積していくというようなイメージ。
そうすれば、1つの思い込みにとらわれる事はなくなる。それを対人関係に応用すれば、その人が自分いる時の言動に対する複数の解釈の可能性を考えることができて、1つのネガティブな思い込みにとらわれて苦しむということがなくなる。
自分の存在価値が脅かされたような感覚
高山に行くまでの話は以上にして、次はホテルにチェックインしたときの事。受付の人が元気よく対応していたが、表面的に思えた。内側でなんかいろいろなものを抱えているように感じた。
後、他の受付の女性で言ったら、常連のお客さんに対して雑談を繰り広げていたけど、自分に対しては事務的な対応にとどまっていた。そして、その雑談をしていた人が常連客かどうかもわからない。
ただの酔っ払いで、その人が受付の人に話をふっかけたのかもしれない。でも自分との違いが強調されて、自分は自分の存在価値が脅かされたような感覚を覚えた。つまり他の人と協調的なコミュニケーションが取れないという自分。でも本来はお客さんとして平等に接してほしい。
接客のあるべき姿を語る
ただ平等かどうかっていう議論については、一人ひとり違うから、画一的な対応をするのは違うと思う。それはロボット(機械)に任せておけばいい。一人ひとりの潜在的なニーズを捉えてそれに対応していくというのがあるべき姿なのではないだろうか。
こういう理想を思い浮かべる。理想を語ることが好きなのがINFJの特徴。その特徴を受け入れ、理想をこのブログを通して語り続けていこう。
夜よりも朝の方が人間は機嫌がいい
今朝の店員さんのホテルの受付の人はすごい笑顔で印象が良かった。やっぱり朝の方が人の心が綺麗なのかもしれない。前回の旅の時も感じた。夜はなんか不機嫌な感じだったけど、朝は笑顔で自分のことを送り出してくれた。

違和感のないコミュニケーションの秘訣は、内面と外面の不一致を減らすこと
次にその人に鍵をもらいに行く時に同じようなスペシャルの対応をされるかどうかわからない。その人はさっきの印象で言うと作ったような笑顔ではなく、本心からの笑顔を出してるように感じた。人生を心の底から楽しんでいるというような感じがして、すごく嘘偽りのない印象の良さを感じた。
これはワンオクのライブの音漏れを聞きに行った時にも嘘偽りのない情熱を感じて、やっぱりそういう外側と内面の不一致をいかに減らすかというのが相手に違和感を与えないコミュニケーションの秘訣かと思う。
気さくな店主の対応に傷付いた夜
もう一つ、とっておきの経験をお伝えしよう。それは昨日の夜の寿司屋での経験。店に入ると、店主と常連と思われる客が話し込んでいた。そして食べ終わった皿は大量に席を埋め尽くすほど置いてあって、自分が座れるような状況ではなかった。
店に入った時に、「いらっしゃいませ」の一言はなく、片付けるのかめんどくさいみたいな印象を受けた。自分の正当性や被害者意識を語る事はいくらでもできるけど、今行っているのは事実をそのままお伝えすると言う事。
そして席に座ると、「お前は何人?台湾人?朝鮮?中国?韓国?」と店主の人にふっかけられた。それに衝撃を受けた。Googleの口コミを見てみると、気さくな店主と書かれていた。席に座る前にも、その常連さんと自分のほうに向かってはっきりと聞こえなかったけど、「陰と陽」「細身と太身でちょうど良いコンビじゃないか」と、ちょっと自分たちをいじってきた。
そういうバラエティー番組みたいなのりは、それを気さくと表現して、高評価する人も多いのかもしれない。しかし、自分は拒否反応を示しシンプルに失礼だと感じた。お客さんのことをお前よばわりするのは論外だし、お客さんが偉いと言うわけでは無いけど、親しい人に使う呼称がお前なのかもしれないが、初対面の人にお前って言うのはありえないなと感じた。
あと外国人観光客が多いのはわかるけど、自分が日本人と思われていないことにはショックを受けた。あとその人が自分の見た目だけで判断している。まだ最初は外見しか目に入らないから、それしかできないという事実はあるけど、それを相手に言ってそういったコミュニケーションをするのは間違ってると思う。
自分は、コントロールできない外見よりも死ぬまで成長を続ける内面のほうに重きを置いて生きていきたい。これ以上この場所にいても、自分が不快な思いをするだけだと思い、そのお店を立ち去った。出口付近で、女将さんが「もういいの?」と自分に話しかけて、「はい、大丈夫です」と少し下を向きながら外に出た。
そして、もう二度とそのお店には行かないことにした。今回の件は確かに失礼ではあるけど、それがきっかけで会話が進んでいくということを考えると、自分に足りてないコミュニケーションスタイルなのかもしれない。
ないものではなくあるものを数えて毎日死ぬ
でも、ないものではなくあるものを数えたい。今日の夜に死ぬと思って感謝して生きていきたい。自分の決断は最良だったと信じたい。その店主の価値観も尊重する。それが今日心地よく死ねることにつながる。
仕事に必要なコミュニケーションを自分から取りに行く
自分も相手も尊重した上で、自分が不快な思いをしないために距離を取るという選択をした。素晴らしい選択だったと思う。その上で、次の現場では、コミュニケーションのきっかけを自分から作りに行くと言う姿勢を、その店主から学んだということで次の現場で活かしていきたいと思う。
多少相手にとって失礼だと感じられたとしても、コミュニケーションの機会を作るという目的を意識して、仕事上必要なコミュニケーションを自分から積極的にとっていくことを今回の体験を活かして次の現場では行いたい。
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