死から遠い状態が alive という状態

はじめに

生き物はなぜ死ぬのか?という本を書いたという小林さんが新R25に出演されていた動画を拝見した。

ここで小林さんは死から遠い状態が生き物共通の幸せだと結論付けている

会社を辞めたのはそう言った理由がある

自分が会社を辞めたのも死から遠ざかるため

社会保険料などの税金の仕組みや家賃があるおかげで、会社に行った方が安心( = 死から遠い)という現実もあるが、それ以上に、自分が生きがいを感じられない空間からいち早く脱出したかった。

逃げるというのは、自然界では当たり前の反応だ。

恥ずかしがる必要はない。

恥ずかしいという論理があるのは、人間だけだ。

人間らしくあるべきところでは、人間らしくあるべきだが、自分の人生単位で考えて、人間の上位の概念である生き物を持ち出した方が生産的だ。

そう信じている。

ライブの躍動も一人カラオケの躍動も音楽を聴きながら体を動かしている時の躍動も、死からの距離が遠いという表現に集約される

音楽自体が私たちの生命の躍動を表している。

AIに人間らしさがないと感じるのは、生き物ではないから。

でも、自分自身の心の熱が高い状態でAIを使えば、伴走していける。

自分の行きたい方向がはっきりしていれば、AIは強力なサポーターになる。

AI時代に必要なのは、その部分。

論理では説明できない、自分の心の奥底にある情熱。

これは、誰にも奪えない。

何かを創造するというのも alive な状態

昨日は、ジャンカラで2時間の躍動をしたあと南大高緑地で1時間のウォーキングをした。

帰りの電車内で、スマホのメモに思いつく限りの言葉を書き尽くした。

これも alive な状態である。

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