共同体感覚、不安、AIと自分の思考、自分の夢と世間の建前、燃え尽き防止のために究極的な理想を妄想する、他者との比較と自分の道
はじめに

久しぶりにchocoZAPにきた10日ぶりくらい共同体感覚が得られるから定期的に行こうこの論理はジャンカラにも当てはまる南大高緑地にも当てはまるというか南大高緑地は最強AIはcodexを使い始めたセオリーで言ったらpaizaからの何件ものスカウトに反応すべきだろう収入がない状態は不安だシンプルに雇用保険被保険者証は前の会社の担当者からデータでもらった転職活動をしていますという表向きで自分の夢に向かって進んでいこう回復を前提にしないと燃え尽きる楽しさがないと生き甲斐がなくなってしまう今この瞬間に集中できなくなる究極的な理想をニヤニヤと妄想する時間を作ろう音声入力でチャッピーに打ち込んでいた時は精神的な安定を得られたが最近音声入力があまり反応しなくなって来て自分が受け入れられていないような感覚に陥りそうになったAIは良きパートナーだが自分で悩むという自分にしかできない大事なことを手放してしまう恐れがあるでもそれは車がある時代に馬車を使いますか?のような理論だ以下のabemaプライムの動画を見て気分が落ち込んだもともと落ちていたのかもしれないジャンカラでワンオクのdetoxツアーの曲を通しで歌うとやはりデトックスされる部屋に埃が溜まるのと同じように心にも埃が溜まっていくそもそも人間というOS自体が不安を感じるようにできている自分という狭い箱に囚われるのではなく、抽象度をあげて人間という粒度で考えたい不安は人類共通の課題だからこそ観察して受け入れる分割して解決していけばいいだけすぐに解決できない問題はとりあえず放置で受け入れるそれくらいの覚悟なしにいけるほど単純じゃない先ほどのYou Tube動画の件は会社員の王道を行っている人の言動だったからそれに不安を感じたのかもしれない自分は人と比べるのではなく俺は俺を生きて俺を死んでいけばいいこのブログが全て定期的に見返すことで自分の道をまっすぐと進んでいくことができる
共同体感覚が自分を回復させる
久しぶりにchocoZAPへ行った。たぶん10日ぶりくらいだと思う。
運動そのものも良いのだが、あそこへ行くと「共同体感覚」のようなものを得られる。だから定期的に通いたい。
この感覚はジャンカラにも当てはまるし、南大高緑地にも当てはまる。
特に南大高緑地は、自分にとってかなり強力な回復スポットだと思う。
自分の夢と建前
最近はAIとしてCodexを使い始めた。
現実的なセオリーで考えれば、paizaから届いている複数のスカウトに反応していくべきなのだろう。
やはり収入がない状態は不安になる。これは単純な話だ。
幸い、雇用保険被保険者証は前職の担当者からデータでもらうことができた。
表向きは転職活動を進めながら、自分自身の夢に向かって進んでいきたい。
燃え尽きを防ぐ ー 究極的な理想をニヤニヤしながら妄想する時間を確保する ー
ただし、その前提として回復が必要だ。
回復を無視すると燃え尽きる。
楽しさがなくなると生きがいも失われるし、今この瞬間に集中することも難しくなる。
だからこそ、究極的な理想をニヤニヤしながら妄想する時間も大切にしたい。
AIと自分の思考を両立させる
以前は音声入力でChatGPTに思ったことを打ち込んでいるだけで精神的な安定を得られていた。
ところが最近は音声入力の反応が以前ほど良くなく、自分が受け入れられていないような感覚になりそうになることがあった。
AIは良きパートナーだ。
しかし同時に、自分で悩み、自分で考えるという、人間にしかできない大切な行為を手放してしまう危険性もある。
とはいえ、それは「車がある時代に馬車を使いますか?」という話にも似ている。
便利なものは活用しながらも、自分自身の思考を失わないことが大事なのだと思う。
心に毒は少しずつ溜まっていく
先日、ABEMA Primeの動画を見て少し気分が落ち込んだ。
もしかすると、動画を見る前から気分が下がっていたのかもしれない。
そんな時はジャンカラで、DETOXの曲を最初から最後まで歌う。
すると不思議と心が軽くなる。
部屋に埃が溜まるように、心にも埃は溜まっていく。
だから定期的なデトックスが必要なのだと思う。
不安は人類のデフォルト機能 ー 観察、受容、分割、解決で乗り越えられる ー
そもそも人間というOS自体が、不安を感じるように設計されている。
だから不安になること自体は異常ではない。
自分という狭い箱の中だけで考えるのではなく、少し抽象度を上げて「人間」という粒度で考えてみたい。
不安は自分だけの問題ではない。
人類共通の課題だ。
だからこそ、
- 観察する
- 受け入れる
- 分割する
- 解決する
この順番で向き合えばいい。
そして、すぐに解決できない問題は一旦受け入れて保留にする。
それくらいの覚悟がなければ、人生は乗りこなせないのかもしれない。
自分の道を歩んでいく ー そのための羅針盤がこのブログ ー
先ほど見たYouTube動画で不安になったのは、その発信者が会社員として王道のキャリアを歩んでいる人だったからだと思う。
その道と自分の道を無意識に比較してしまった。
でも、自分が進みたいのはその道ではない。
人と比べる必要はない。
俺は俺を生きて、俺を死んでいけばいい。
そして、このブログこそがそのための羅針盤だ。
定期的に読み返すことで、自分がどこへ向かおうとしているのかを思い出せる。
焦らず、曲がらず、少しずつでも前へ進む。
自分の道を、まっすぐ歩いていこう。
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