2026.08.11(火) / 22:40
自分の大いなる力を存分に発揮した一日
- ID
- 40530
- Published
- 2026-08-11 22:40
- Modified
- 2026-08-11 23:46
- Author
- khiro
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今日は、スパイダーマンとclaquepot。自分のHSPとしての良い面が発揮された1日だ。
これは「大いなる力」と同じで、責任が伴うこと。使い方を間違えれば、去年の夏、自分が職場に適応できなかった、交感神経がピークになって適応できなかった時のようなことが起こってしまう。というか、今日みたいな日を毎日続けていたら、自分の感度センサーがクラッシュしてしまうだろう。
スパイダーマンの超人的な能力と一緒で、この大きな力の使い方を間違えてはいけない。それが「大いなる力には、大いなる責任が伴う」という意味。

claquepotのファンは、Da-iCEからの女性ファンも結構多かった。まあ、それが悪いという意味ではなく、そういったファン層にも支えられているのかもしれない。
「キャリア」っていうタイトルで、今の自分の境遇と重なる部分が大きい。
メジャーデビューしたのは2019年頃。つまり、自分がプログラミングを開始した時と同じ。で、曲自体は2011年からすでにYouTubeとかにアップしていたみたい。だから自分でいうと、大学受験に受かるために、自分の能力を高めていた時期と重なる。
最近、例えば細谷さんの『具体と抽象』って本を読んでるけど、やっぱりこういうスパイダーマン、claquepot、自分っていう具体的な事例を一度抽象化することで、行き来することができるから、やっぱり具体と抽象は思考の根本をなすものだと実感する。

アグノスに「読み込め参考書」ってある通り、今のIT業界で、パソコンだとかなり具体的なスキルにはなるけど、やっぱり考えても分からないことは参考書(公式リファレンス)を読むのがいいと思う。
チームラボも行った方がいいだろう。なぜなら、刺激を受けることができるから。
今日ライブ会場だったけど、光の、やっぱりその周り、空間に身を置くっていうのが大事だよね。画面になると境界が生まれるから。自分がそこに参加しているっていうのが大事だと思う。

前の人との距離が近すぎて、手を上げることとかできなかったけど、でも楽しめた。なぜなら、自分のメンタルの持っていき方を変えたから。
「狭すぎて腕の身動きが取れない」「前の人がこっちに詰めすぎている」ではなく、自分の目を、空間的な広がりに意識を向けようと、自分のマインドを切り替えた。その結果、ストレスなく、音楽とその空間に自分を没入させることができた。

あと今回、嘔吐のライブはいけなかったけど、claquepotにも「AUTO」って曲があったから、聴いて、歌詞の意味を理解していきたいと思った。
今日、claqupotとワンオク、自分の中では2大アーティストが名古屋に来ているということで、すごくエネルギーを感じ取っている。このエネルギーを明日からの自分につなげていきたい。
そういったものに触れ続けることによって、より良い自分自身になろうと、努力の決意を固めることができる。
こういった刺激がないと、お酒とかYouTubeとか、安易な娯楽に逃げ込んでしまう。それはそれで、その一時が楽しいから全然いいんだけど、でもこういう圧倒的な感動体験があると、自分をもっと高めていこうと、そういう気持ちになる。

より良い自分になるために、これから行おうと思っていることは、paizaのCランク問題を再チャレンジして、全部、何も見ずに解けるようになること。
自分の中にアルゴリズムの基礎力が溜まっていったら、新しいCランク問題に挑戦して、paizaレーティングという客観的な指標を高めていこうと思う。

とりあえず今日はいい刺激を受けたから、疲れているだろうから休もう。そして明日、目覚ましがかかる10分前にまた起きたら……あ、明日何があった? 早起き? あ、早起き。木曜日、朝早いから。今日は夜更かししないでおこうか。
ブログにまとめよう。
やっぱり実際に映画館とかライブ会場とかで作品を体験することでしか、見えてこない、腹落ちする感覚っていうものがあったから。この感覚を大事にして、より良い自分になるため、この社会と関わっていこう。

claquepotとワンオクの価値観、自分に合っているのか? それとも太陽のように普遍的な存在なのか?
まあ、どっちでもいいけど。でも、その二つのアーティストが刺さらない人も世の中には一定数いると思うから、まあ、両方あると思う。太陽のような普遍性と、自分の価値観にマッチしているっていう二つの側面が。
太陽のような普遍性っていうのは、例えばDa-iCEから来た女性ファンみたいな人たちもそうで、自分は逆の音楽性とか歌詞とかに共感して、その考え方で結構人生も救われたりとかもしたから、自分の考え方を変えてくれた曲をライブ会場で聴けて、感動した。

スパイダーマンも感動する部分があった。
自分が持っている力によって、他の人を傷つけてしまうということ。
それに対して、「どれだけその力が大きくても、あなたはそのままで素晴らしい」みたいな言葉を、おばさんかな、誰かに言われたっていう、そういう会話シーンがあってね。まあ、それはかなり感動した。
たぶん、同じ映画館に居合わせた人たちもみんな泣いてたと思う。涙をすする音が聞こえてきた。

そう、スパイダーマンの字幕版は、ミセスの「brand new」が流れてなかった。たぶん日本語バージョンで流れてるんだろう。
映画を見た後に曲を聴くと、ストーリーと重なる部分があって、自分の中で納得感があって、それを分析するのが面白かった。
zeep nagoyaから尾頭橋まで歩いて15分ぐらい。だから、気分転換に尾頭橋駅で名古屋に行くときは降りてみてもいいんじゃないかと思った。

起こった件を別の角度から見ると、今回、ONE OK ROCKはチケットが取れなかったけど、「同じライブのチケット」という抽象化を行えば、claquepotのライブには行けたという事実が残る。それによって、落ち込まなくて済む。
まあ、こういうふうに抽象化思考をうまく使っていくのも、ストレスを減らして、無駄な執着を減らすことにつながるだろう。
たぶん『システム開発のための具体と抽象』を読み終える頃には、自分の考え方がアップデートされていて、例えばプログラミング課題を解くときにも、面接での結果にも、そして内定して就職して実務に就いた後にも、生きる基礎的な、ファンダメンタルな能力になると思う。
いつまでに読むとかじゃなくて、寝る前にちょっと読むとか、隙間時間にちょっと目を通すとか、そういう形で読み進めていきたいと思う。
具体と抽象の能力なら、それで得られるはず。
寝る前に具体と抽象について考えるのはいいだろう。一番大事なのは言葉を思い出すとき。なんでかというと、自分の頭の中にしかない、ぼんやりとしている抽象概念を言葉にして外に出すから。それはやはり、練習しないとなかなかできないものなんじゃないだろうか。
そして、そのいわゆる「具体と抽象の往復運動」というものを、2022年頃からこのブログを通して行ってきた。
ミセスのbland newの「五感働かせて、君を知る」って、スパイダーマンの蜘蛛、シックスセンスとかけているような気がする。他にも探せば、そういうリリックが散りばめられている。
claquepotの新曲が、かなり自分の価値観にマッチしている曲だった。
そもそも曲としてというか、曲が伝えるメッセージは、ONE OK ROCKよりもclaquepotの方が自分の価値観にマッチしている。というか、その歌詞を理解していく過程で、自分も理想的な価値観で生きられるようになったのかもしれない。
しばらく映画館に、たぶん2ヶ月ぐらい行ってなかったから、その畏敬の感覚というか、自分を超えた大きな存在の素晴らしさに感動する、そういう体験をやってないと、なんか感受性が鈍るような気がする。
やっぱり旅行でもいいけど、そういう「awe(畏敬)」を感じるような体験。それはやっぱり、定期的に取り入れた方がいいだろう。
あ、結局、人間は自分以外の何か、何かの一部でありたいという、そういう基本的な欲求があるのかもしれない。
その理由は、生まれる前と死んだ後は何もなくなるから。つまり、みんな同じ状態になるという原則があるから。
だから、何か大きな存在の一部になっているという感覚。それを得ると、人は満足するんだと思う。
スパイダーマンとONE OK ROCKには、現代人が陥りがちな罠、つまり「便利すぎるがゆえのデメリット」みたいなものを、すごい解像度高く捉えて、それを作品に昇華させているという共通点があった。
それに気づけた自分が、このことを誇りに思うというか、そういった意味での自尊心というのが芽生えて、それにも感動しているのかもしれない。
やっぱり生きる上で一番大事なのは、観察眼なんじゃないかな。改めてね。
僕は、まあ、より高いステージで、一緒の空間を過ごせたらなと思う。
今回チケットが取れなかったのも何かの縁で、自分はまだその境地にたどり着いていないということ。
この後も5年、10年というスパンでアルバムを出して、ライブをやると思うから、その時までに自分自身も成長して、ライブ会場で泣けるように進んでいきたい。
やっぱり実際に足を運ぶと、こういうONE OK ROCKのチケットが取れなかったっていう単純なマイナス面も含めて、自分だけの物語っていうのが出来上がっていく。
だから、やっぱり画面越しの世界だけではなくて、自分で足を運んで見るというのは、これからも続けていこう。
まあ、たぶん多くの人は、青春18きっぷでローカル線を旅しようなんて思わないし、「改悪切符」とか言って、ネガティビティ・バイアスの餌食になっていると思う。
清め寺のあそこのお墓に行くこともないだろう。Zepp Nagoyaから尾頭橋に行くこともないはず。普通の電車に乗って、尾頭橋から刈谷駅まで行くこともないはず。
でも、その途中で見えた、自分だけの感性に合った、自分の心の琴線に触れた景色とか場所。

そういうものが自分にとって、自分の人生にとって「縁があった」ということであって、それを愛していきましょうと。
そういう価値観ですね、私は。
だから「Loving」という曲にも感動できた。
まあ、しばらくこういう生き方を続けているから、当然、プログラミング課題とかでスラスラ解けるはずもなく、先日のチームラボのプログラミング課題では、10点中3点という結果になってしまった。
まあ、あれは選抜メンバーに選ばれなかったというだけの話ではあるけど、「ないよりはあった方がいいよね」という世界の話。
だから毎日、paizaのCランク問題、再チャレンジ問題を、自分でアルゴリズムを組み立てて解くということをやっている。
細かいfor文とかif文とかは理解してるけど、問題を解くためにそれをどう使って、どう組み合わせればその問題が解決するのかっていう、「解法を組み立てる」というところが、なかなか難しい。
それは会話とか、あと映画のプロットでも一緒で、これまでに確立された部分的な手法というのはある。
でも、じゃあこれをどうやって組み合わせるのか。
無数にある中でどれを組み合わせて、ドレミファソラシドの組み合わせで一つの曲ができるように、「人を感動させる」という目的に合わせて、それをどういう順番で組み立てていくのか。
というのが、アルゴリズム。
まあ、プログラミングの場合は答えが一つに定まる。その答えっていうのが、いくつかの具体的な事象に対して再現性がある答えだから、抽象化能力とかが重要になってくる。
外出するメリットって、やっぱり「自分の存在が小さくなる」ってことだと思う。
家とか会社の中だと、自分の存在が大きくなってしまう。
でも、外に出てみると、自分も相対的に小さくなる。
さらに、自分が知っている場所を離れると、さらに自分の存在が小さくなる。
自意識が解放される。
